<今森光彦 『世界昆虫記』 福音館書店 5,000円より>
写真集 『里山物語』 などで知られる写真家、今森光彦さんの講演とスライドの会に参加することができた。熱帯雨林から砂漠まで世界中を飛び回り、さまざまな昆虫を撮影した 『今森光彦・世界昆虫記』 の中から、特にお気に入りの写真をスライドで見せてもらった。
まず最初はスカラベ(ふんころがし)から。アフリカに8年間通い続けたというスカラベの写真には圧倒される。自分の体の数倍、ソフトボール大のフンボールをつくり、メスを待つオス。メスが気に入って飛んでくると、そのメスをのせたまま、今やウエディングボールとなった球をこん身の力で転がす。頭を大地に突っ込み、逆立ちして後ろ足でフンをける。何十メートルもの距離を運ぶ間、メスはフンの上でそれこそフンぞり返っているだけ。オスがかわいそう。身につまされる。
しかし、古代エジプトではスカラベは神様だ。太陽を信仰していたエジプト人には、丸いフンボールをころがすスカラベが、太陽を運ぶ神様に見えたという。そして、一度大地にもぐり、ふたたび現れるときは新しい成虫に生まれ変わっている。スカラベに永遠の命を見ていたのだ。
そのスカラベの姿をとらえる今森さんの視線はとても温かい。ガンバレ、ガンバレと。
それは、他の昆虫たち、たとえば17年に一度だけ地上に出てくる17年ゼミや、キノコを栽培するハキリアリ、メスに贈り物をするガガンボモドキたちにも同じようにエールを送りつづける。
そして世界最大の花、ラフレシアの開花では、昆虫をとりまく世界の奥の深さ、豊かさを私たちに教えてくれる。
今森さんは、『世界昆虫記』の後 『里山物語』 『湖辺MIZUBE』 『藍い宇宙』など、土地のにおいが美しくひろがる写真集を発表する。生まれ育った琵琶湖周辺の自然環境と人の生活とのかかわりを ”里山” というキーワードで描き出していく。
写真家、今森光彦の誕生である。
無名でお金もなかったころ、ただ無心にスカラベを追い、カメラを向ける。そのレンズには懸命にフンをころがすスカラベに重なり、今森さん自身の姿が映っていたであろうか。あるいは、それはエジプト人の信じた永遠の命、神の姿であっただろうか。
建築家 野口政司  (徳島新聞夕刊 9月16日付より)www.topics.or.jphttp://