エリザベス・テイラーが少女のころに主演した映画『緑園の天使』。
イギリスの小さな町に住む馬好きの少女ベルベット(テイラー)とその家族の物語だ。
イギリス第一の競馬大会、グランド・ナショナルに愛馬を出場させることを夢見る娘
ベルベットを母親は温かく見守る。
やがて大会がせまり、思いもかけぬことが待ちうけていて・・・。

母親を演じたアン・リヴェールがオスカーの助演女優賞を受賞した
1945年のこの米映画は、家族の成長を見事に描いていて、
日本でもファンの多い作品ではないだろうか。

しっかり者で夫を上手にコントロールしながら、
子どもの個性を花ひらかせる母親の姿は、国や時代を超えて私たちの胸を打つ。

さて、そのような母親の素晴しさを思い出させてくれるニュースが飛び込んできた。
アメリカで開かれたバン・クライバーン国際ピアノコンクールで
日本人ピアニストの辻井伸行さんが優勝したのだ。

辻井さんは生まれたときから目が見えなかった。
2歳のころ、お母さんが台所で口ずさむ曲をおもちゃのピアノでそっくり弾いたそうだ。
その音楽の才能に気付きピアノを本格的に習わせることにした。
けっして強制はせず、自由に楽しみながらピアノを弾くことを覚えていった。
その後の活躍は新聞やテレビの報道の通りである。

20年前、両親は「生まれてよかったと思ってくれるだろうか」と悩んだ。
そして今、母は「私に生まれてきてくれてありがとう」と感謝する。
親の愛が子どもの才能を開花させたのである。
できるものなら、この言葉を全ての親たちが口にできるような
世の中になって欲しいと心から思う。

『緑園の天使』の母親はこう娘に語りかける。
「大切なのは勝敗よりどう戦うかよ。そして時がきたら次に進むの」
「次に?」
「そう、それぞれを楽しんで次へ。恋に落ちたり、そして死ぬことも。
すべて順番にやってくるの」。

辻井伸行さん20歳。
音楽の喜びを私たちに伝え続けてくれるだろう。
人生のその時その時を楽しみながら。

建築家 野口政司   2009年 6月 13日(土) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より