徳島県の都市計画課長を務めていたT君が自死した。
新町西地区再開発をめぐる県市の対立の板挟みになり、
悩んでいたのではと報道されている。
T君とは、高校の同級生であった。
成績優秀で知られたT君は、東大に現役合格し、
やがて工学部の建築学科へと進んだ。
東大卒業後は、民間の会社勤務のあと徳島県庁に入り、
主に住宅行政と都市計画の分野で仕事をしていた。
T君と同じころ徳島に帰ってきた私は、
県庁で会ったときなどに立ち話をするぐらいで、
それほど親しいわけではなかった。
ただ同い年であり、共に建築学科で学んだこともあり、
T君の仕事ぶりを見ながら、自分も同じ可能性を生きていたと言えるだろうか。
つまり、私自身は建築事務所を主宰し、民間人としてやってきたが、
もし立場が違っていたらT君と同様の歩みをしていたのではと思うのである。
そういう意味で、今回のT君の自死は、全くの人ごととは思えないのである。
T君との数少ない思い出の中で、忘れられない場面がある。
建築学会か何かの講演会の打ち上げで、いっしょに食事をし酒を飲んだ。
T君はその頃係長で、その講演会のお世話役であった。
上司の課長も同席していて、その人はT君の東大の建築学科の後輩で、
建設省からの出向であった。
お酒が入ったところでざっくばらんな会話となった。
大学の後輩で、まだ30歳そこそこの若い課長に対して、
T君が先輩として忠告めいたことを言った。
すると課長はこう返した。
「あなたとは、大学は同じですが、歩んでいるコースが残念ながら違うんです」と。
そのあと、T君は急速に酩酊していったのであった。
10月25日の徳島新聞の「記者手帳」でT君のことが書かれている。
ある徳島市の幹部の話として、
「都市計画法上は、市の言い分は合っています」というT君に対して、
「あなたが今いる場所は、どこですか」と知事が返したというのだ。
知事はT君の東大の後輩である。
法律上の判断と政治的判断は必ずしも一致しないと私は思う。
そして一致しない二つの数式からなる連立方程式の答は、
そう簡単に出せるものではない。
その方程式を解く方法は、彼が選んだ自死以外にもあったのではと思うのだが・・・。
建築家 野口政司 2008年 10月29日(水) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より