あぜ道に咲く曼珠沙華が秋の訪れを告げている。

早いもので、このコラムも書き始めて4年になる。
時折、旧知の方から「ぞめき」読みましたよ、と手紙をいただいたりする。
とてもうれしいものである。

より多くの方の目に触れるようにと、主宰している建築アトリエ、
そして仲間と共に立ち上げたNPO里山の風景をつくる会のホームページにも
転載させてもらっている。

さて、そのホームページの「ぞめき」を読んだ西宮市の
甲陽園に住むMさんからメールが届いた。
「突然のメールで失礼します、
今年4月22日の『回帰草庵』を読み、感激しました云々」
とつづられている。

Mさんは、昨年亡くなられた建築家石井修さんの自邸である
『回帰草庵』(目神山の家1)を見学する機会があり、
その素晴らしさに心を打たれたという。

そして半年後に、石井さんの一連の住宅のうち、
「目神山の家7」が新しい持主を探していることを知り、
即断で購入を決めたのだそうだ。

そのメールには、
回帰草庵の隣に立つ「目神山の家2」の見学会が近々開かれること、
そして自身の「目神山の家7」も修復中であるが、よければ内部を見てもらってもいい
と書き添えてあった。私は迷わず、ぜひお願いしたいですと返信したのであった。

この9月15日、Mさんの案内で、涼しい風が吹きわたる目神山を歩いた。
その日は石井修さんの弟子や孫弟子の建築家たち、
そして大工や職人さんたちが三三五五集まり、
小さなグループとなって石井修さんの住宅を巡ったのであった。

Mさんの修復している「目神山の家7」は、
空中に浮かぶ回帰草庵という感じであった。

石のトンネルを抜け、階段を上がって見返すと
そこには建築家石井修の世界があった。
太い杉丸太の柱で支えられた空間に、手作りの薪ストーブがしつらえてあり、
大きなコーナー窓から山と木々の緑が眺められる。

石井さんの住宅作品の中でも三つの指に入る名作だと思った。

石井修さんの建築に魅せられ、
その家を修復して次世代に伝えようとしているMさん。
修復が終わっても、希望される人には中を見せていただけるとのことである。

“建築家の幸せ”ということを考えながら、至福の一日を過ごしたのであった。

建築家 野口政司   2008年 9月27日(土) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より