「ザンビアで太鼓の神様に会ったんです」。
太鼓奏者、ヒダノ修一さんは、忘れられない思い出を語り始めた。
11月26日、大塚ヴェガホールで開かれた、ヒダノ修一・太鼓ソロコンサートでのこと。
ヒダノさんは、1998年、FIFAワールドカップフランス大会の閉会式で太鼓を演奏し、世界的な太鼓奏者として、
自他共に認める存在であった。
アフリカ・ザンビアでの演奏旅行の時、千人以上入れる会場に、定刻になってもほとんど観客が集まらない。
そこで外に出て太鼓を打ち鳴らした。
すると太鼓好きのアフリカの人たちのこと、みるみる黒山の人だかり。
いっしょに会場に入り、満席の中で演奏すると観客は総立ちになって踊り始めたという。
演奏会の休みの日、公園で太鼓の練習をした。
すると1人の老人が近くに来て、じっとヒダノさんの太鼓を聞いている。
練習が一段落した時、その老人が小さな太鼓を取り出し打ち始めた。
その太鼓から響き出した音は、この世のものと思われなかったという。
太鼓の神様が現れたんだ、と思った。
あの音に近づきたい。
その日から懸命に練習を続け、数日たった。
気が付くと、ヒダノさんの太鼓に合わせて、遠くから太鼓が聞こえる。
音がだんだん大きくなる。
太鼓を打ちながら近づいてくるのは、あの老人だった。
2人で存分に太鼓を打ち興じたという。
宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の場面が目に浮かんでくる。
このザンビアで、ヒダノさんはもうひとつの出会いをしている。
NGO組織、TICO(徳島で国際協力を考える会)代表の吉田修さんと知り合ったのだ。
ザンビアでは乳幼児の死亡率が高く、平均寿命は37.5歳(2004年国連調べ)。
ザンビアを救うためには、何より干ばつに強い村づくりをと、水、農業、医療、教育からの支援を続けている
吉田さんたちの活動に、ヒダノさんの魂が響いた。
毎年開かれるTICO主催のチャリティコンサートに、ヒダノさんは無報酬で駆け付ける。
「太鼓の神様への恩返しです」。
ヒダノさんの瞳は、太鼓の音色と同じように澄み渡っていた。
建築家 野口政司 (徳島新聞 夕刊 12月7日付け)