飛行機雲が真っすぐに延びていく冬の空。
冷たい木枯らしも吹いて2011年が暮れていく。
明けていく年につながる一字を探す。
起、希、生、喜、建・・・止めどない。
瞬という字を思いつく。
一瞬の瞬きの間に全世界が変わったとは、
誰の小説だったか、いや小説ではない、
2011年3月11日の東北大震災、続く原発事故がそれだ。
東北のあの津波は1000年に一度の天災、
天災に原発事故の人災が追い討ちをかけた。
私たちは時の重なりの中で生きていることを思い知らされ、
この世は、氷薄の危うきに立つことを誰もが実感した。
哲学者の内山 節はそれを「生と死の共時性」と表現した。
冬の徳島中央公園を歩く。
大きく広げた枝に春待つ蕾を
びっしりとつけた桜並木の向こう。
貝塚遺跡が見つかったという洞窟、
巨石を背負い、ひっそりと暗い洞窟、
案内の標識には
「城山の貝塚は約4000~2300年前の
縄文後期~晩期を中心とする岩陰・洞窟遺跡であり・・・
1922年(大正11年) 鳥居龍三らによって発掘調査が行われ・・・
土器片や、ほぼ完全な屈葬人骨1体を含む
3体分の人骨が出土した。」とある。
やや離れて「城山の海蝕痕」の標識もあり、これには
「前面の岩肌に残る大小の円形のくぼみは、
海の波に浸蝕された跡である。・・・
大きな海進があった6000年~5000年頃、
縄文時代早~前期には
このあたりが海であったことがわかる。」とある。
私が今立つこの地は、海だったのだ。
はるかなる昔、
波打ち寄せる海辺に暮らす人々の姿を思い浮かべ、
長い時の刻みに感慨一入。
今ひるがえって、豊かな時に甘んじて暮らした自分たちを思う。
時の流れに迎合する人たち、
逆に正論を持ちながら物が言えなかったことを悔やむ人たち、
失った肉親への悲しみから健気に立つ少年たち、
何かが変わろうとしている。
ひとときひとときが重い。
先人の暮らしの痕跡にたたずむ私に聞こえた。
「老いも若きも男も女も
その何かを問い直す時が今だ」と。
八木正江

里山の風景をつくる会 理事
地球温暖化を考える-市民アクション2011-徳島代表

2011年12月27日(火) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より