パリを流れるセーヌ川に80年ぶりにサケが戻ってきたという。

昔、セーヌ川にはサケが普通に泳いでいた。
パリは北緯49度で、北海道の稚内よりまだ北なので
サケが泳いでいても何の不思議もないのである。
ところが20世紀に入り、
工場排水や生活排水によりセーヌ川の水質が著しく悪くなった。
サケの姿もいつしか消えてしまった。
15年ほど前から浄水施設の整備などを進め、
セーヌ川の水質はかなり改善された。
昨年は260匹の天然のサケが確認され、
今年は1000匹を越えそうだとパリっ子の話題になっているとのこと。

サケの遡上といえば、
4年前の8月に北海道の千歳川の河畔を散策した時のことを思い出す。
その年は例年よりサケの遡上が早いということで、
白樺林の間を抜ける川の水面はサケにおおわれていた。
どっちが川下なのか分からない。
水は上流の方に流れているのではと思えるほど、
一群のサケが上流に向かって泳いでいるのであった。

サケは4年間海で過ごし、やがて生まれた川に産卵のために帰る。
セーヌ川へ戻ってきたサケは、なんと20世代ぶりの帰還ということになる。
百年河清を待つ、という言葉があるが、それを地でいったような話だ。
川がきれいになれば、魚はふるさとのことを思い出してくれるのである。
はたしてわたしたち人間はどうであろうか。

さて、我がふるさとの徳島では、ちょうど今阿波踊りの真最中である。
娘が初孫を連れて帰ってきたので、いっしょに藍場浜の桟敷で阿波踊りを見た。

このごろは勇壮ではあるがカネ、太鼓のパフォーマンスが過ぎて、
大味・単調になってしまった阿波踊りを少し残念に思っていた。
しかし、どうだろう、三味線やふえなどの鳴物も多く見かけるし、
全体としてしみじみと味わいのある踊りである。
娯茶平連や殿様連などの正調阿波踊りのぞめきは、
子どもの頃に踊った懐かしいリズムであった。

次から次へと現れる踊り子たちのしなやかな動きを見ているうちに、
かつて見た千歳川のサケの遡上が幻のようによみがえった。
川をきれいにし、町を美しくしていけば、やがて人はふるさとに戻ってくるのだろうか。
あのセーヌ川や千歳川のサケのように・・・。

新町川の柳をゆらす川風をあびながら、
ぞめきの快い響きの中で、そんなことをわたしは考えていた。

建築家 野口政司   2009年 8月 17日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より