どの人も何らかの住宅に住まいしている。それが高層マンション、木造一戸建て、そしてたとえ段ボールハウスであったとしても。すべての人が住まいしているにもかかわらず、これまで「住宅論」は建築家の専売特許であった。

しかし最近になって、文学や社会学の分野から住宅を取り上げる人が出てきた。文学者では藤原智美氏や西川裕子さん。そして、今注目の社会学者、上野千鶴子さんはその旗頭とも言える人だ。

フェミニズムの研究者である上野さんは、父兄長制の研究から近代家族の成立と終焉をたどり、その家族を入れるハコである住宅に今やメスを入れようとしている。ワクを超えることを真骨頂とする上野さんとしては、その越境は自然の流れであろうか。

上野さんは、nLDKをまずやり玉に上げる。戦後(1951年)に公団住宅が考え出したこの基本プランは、半世紀以上にわたって日本の住宅の骨格であった。50年以上持ちこたえている商品コンセプトはめったにない。その賞味期限の過ぎようとしている商品にしがみついている、日本の建築界と消費者に疑問を投げかける。

このnLDKが想定している標準世帯、つまり夫婦と未婚の子どもが一つの家に住むという形は、現在の家族構成の統計では3割台に低下している。かわって増えているのが高齢者の夫婦世帯と単身世帯、それにひとり親世帯だ。

このような家族の多様化にふさわしい住宅のモデルが登場しないのは、何にも増して建築家の怠慢である、と。

そして4つの提案をしている。

1.住宅モデルの多様化、住み手にとっての選択肢の多様化を図る
2.そのモデルに作家、作品主義をもちこまない。家族の拡大、縮小に対応できる汎用性のあるモデルとする
3.住宅に食う、寝る、育てる+生産(工房のようなラボ機能)を加える
4.育児・介護の社会化を組み込んだコモン空間の中に住宅というユニットを考える

ケンカの達人である上野さんは、その極意を「相手にとどめを刺さないこと」と言う。私たち建築家にとって、手ごわい挑発者の登場である。
建築家 野口政司 (徳新夕刊コラム6月1日(木)より)